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神戸地方裁判所 昭和50年(わ)426号 判決 1975年10月29日

本籍

神戸市東灘区御影町御影字城ノ前一、四五〇番地の一

住居

右同所 一、四六〇番地の一

職業

会社役員

泉正雄

明治四四年一月一二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官植木修一出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年および罰金七、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、倉庫、運送通関業を営む京神倉庫株式会社の代表取締役として同社の経営にあたつているほか、数社の代表取締役又は取締役を兼務するとともに、株式など有価証券の売買等を行つているものであるが、自己の所得税を免れようと企て、株式など有価証券の売買の一部を架空名義でなしたり、株式配当金を他人名義で受け取るなどの方法により、株式配当金の一部および右有価証券の売買益などの所得を秘匿したうえ、昭和四八年三月一三日、兵庫県芦屋市公光町所在の所轄芦屋税務署において、同税務署長に対し、昭和四七年分の実際課税総所得金額は四億八、三八〇万三、六五三円であつたのにかかわらず、課税総所得金額は二、一六九万七、二七二円でこれに対する源泉徴収税額を除いたその余の所得税額は三三六万七、四〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の右同様の所得税額三億四、三六七万七、二〇〇円と右申告税額との差額三億四、〇三〇万九、八〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の検察官に対する供述調書三通

一、被告人に対する大蔵事務官の質問てん末書二通

一、泉 貞子、近藤安彦、懸田 温および高橋良平の検察官に対する各供述調書

一、吉田瑛(二通)、嶋崎英夫、金高猛および松尾清に対する大蔵事務官の各質問てん末書

一、被告人作成の昭和四七年分の所得税確定申告書謄本

一、大蔵事務官豊田功作成の脱税額計算書説明資料二冊、脱税額計算書説明資料付表および脱税額計算書

一、野間市、高橋良平(二通)、幸繁盛夫、辻芳典、橋本清治、森岡昭、懸田温(二通)、石丸五雄、森武、吉田豊、佐原宏、吉尾仙吉、国友一宏および大山剛作成の各「確認書」と題する書面添付の帳簿書類の写し

一、竹村公良作成の照会回答書添付の預り金勘定元帳写し一枚

一、押収してある売買報告書および残高照合念書綴三綴(昭和五〇年押第二三四号の四)、取引仮名表二綴(同号の五)、同上一綴(同号の六)、取引名届綴四綴(同号の七)、メモ一綴(同号の八)、昭和四五年分手合帳一綴(同号の一〇)、昭和四六年分手合帳一綴(同号の一一)、昭和四七年分手合帳一綴(同号の一二)、コード手帳一冊(同号の一三)、コード区分表三枚(同号の一四)、留置のための念書五枚(同号の一五)、配当金領収証綴三綴(同号の一七)

(法令の適用)

被告人の判示所為は所得税法二三八条一項(一二〇条一項三号)に該当するところ、懲役刑と罰金刑を併科するが、本件は、ほ脱税額が三億円の巨額を超え、しかも正規の所得税額に対するほ脱税額の割合が相当な高率である事案であつて、しかも社会的地位の高い被告人の所為であるだけに、社会一般に対する影響力が相当強いものであることなどの諸事情が認められるので、罰金につき同法二三八条二項を適用することとし、その所定刑期および金額の範囲内で被告人を懲役一年および罰金七、〇〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとするが、情状につき按ずるに、前述の諸事情を勘案すると、被告人の刑責は重いものであると言わざるを得ないが、他方で、被告人の犯意は否定できないものの、被告人は、有価証券の売買や株式配当金の受領などを架空または他人名義でなすことを逐一指示していたわけではなく、具体的な方法については、妻や証券会社員などに任せ切つていた部分も相当あると考えられること、被告人は、昭和四七年度において、一時的に多額の株式などの売買益を得たものであるにすぎず、その前後の年度は損失を蒙つているので、数年分を平均すると、売買益は相当減少するものであること、被告人は、本件ほ脱税額、重加算税など合わせて五億円以上の納付を済ませており、既に実害のない状態にあること、被告人にはこれまで前科、前歴がなく、実直な経営者として会社経営に従事するとともに、種々の公職にも就任し、相当な社会的地位を築いてきたものであること、その社会的地位に鑑み、被告人は本件起訴によつて既に十分な社会的制裁を受けていると思われることなどの有利な情状も認められるので、刑法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 楠井勝也)

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